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神戸地方裁判所 昭和45年(ワ)329号 判決

原告 国本一市

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 藤原精吾

同 井藤誉志雄

被告 有限会社 近畿急配社

右代表者代表取締役 三木昇治

右訴訟代理人弁護士 山本弘之

被告 沢村宗孝

主文

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判。

一、原告ら。

「被告らは各自、原告国本一市に対し金二〇七万円・原告樋笠美智男・同三好重美・同小竹ノブエに対し各金八八万円および右各金員に対する昭和四五年五月二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら。

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二、原告らの請求原因。

一、本件事故の発生。

昭和四四年一〇月三一日午前〇時五分頃、兵庫県神戸市兵庫区中町西通二丁目六番地先道路上において、被告沢村宗孝の運転する普通貨物自動車神戸四か四七七七号(以下単に被告車という。)が、同道路を横断歩行中の訴外亡樋笠トミエ(以下単に亡トミエという。)に衝突し、亡トミエをその場に転倒させ、よって亡トミエをして頭蓋底骨骨折等の傷害により同日死亡せしめた。

二、被告らの責任。

(一)  被告沢村は、かねて被告会社に雇われ、自動車運転の業務に従事していたものであるところ、前記日時に被告車を運転して本件事故現場を東から西進しようとしたのであるが、かかる場合自動車運転者たる者は前方注視を厳にし進路前方および左右に存在する障害物を早期に発見し、その状況に対処して適宜の措置をとり、もって事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにかかわらず右注意義務を怠たり、漫然西進した過失により、折から被告車前方を右から左へ横断歩行中の亡トミエに被告車左前部を衝突させて本件事故を惹起せしめたものである。従って右事故は被告沢村の過失に基づくものというべきであるから、被告沢村は民法七〇九条により原告らが右事故によって被った四記載の損害を賠償すべき責任がある。

(二)  被告会社は、被告車を保有し自己のために日ごろ運行の用に供していたものであるから自賠法三条により、又、被告会社は被告沢村の使用者でかつ被告沢村が被告会社の業務執行中前記(二の(一)記載。)過失によって惹起せしめた事故であるから民法七一五条により、右事故によって原告らが被った四記載の損害を賠償すべき責任がある。

三、身分関係。

原告国本一市は、昭和一五年頃以降亡トミエと同棲する内縁の夫であり、原告樋笠美智男は亡トミエの姉亡樋笠キミエの養子であり、原告三好重美は亡トミエの兄であり、原告小竹ノブヱは亡トミヱの妹である。亡トミヱには直系卑属および父母ならびに法律上の配偶者が存しないので、原告樋笠美智男・同三好重美・同小竹ノブヱは亡トミヱの死亡により、同人の遺産を各三分の一宛の割合で相続した。

四  損害。

(一)  得べかりし利益の喪失による損害。

亡トミヱは、右事故発生当時、原告国本市一の経営する喫茶店「だるま」で稼働し、一ヶ月平均金五五、〇〇〇円の収入を得ていたものであるが、亡トミヱは死亡当時五三歳の女性で爾後一〇年間は右喫茶店で稼働してその間右同額の収入を得べき筈のところ、右事故に遭遇して死亡したもので、右収入金額の内金一五、〇〇〇円を同人の生活費として控除し、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して右昭和四四年一〇月三一日現在における一時払額に換算すると、金三、八一三、六〇〇円となる。

(二)  慰藉料。

(1) 原告国本一市は、昭和一五年頃以降亡トミヱと同居して内縁関係にあったものであるところ、右事故により長年つれそった妻を亡くし、多大な精神的若痛を被ったので右苦痛に対する慰藉料は金二〇〇万円と定めるのが相当である。

(2) 原告樋笠美智男・同三好重美・同小竹ノブヱは肉親である亡トミヱの死亡により精神的苦痛を被ったので、その慰藉料は各金三〇万円とするのが相当である。

(三)  弁護士費用。

原告国本一市は、着手金として金七万円を支払った。

五、損害の填補。

被告らは、その後原告らに対し金三〇万円を支払い、原告らは自賠責保険金一九七万円を受領した。

六、よって、原告樋笠美智男・同三好重美・同小竹ノブヱは、被告ら各自に対し、前記四の(一)の金三、八一三、六〇〇円の各三分の一宛に当る各金一、二七一、二〇〇円および同(二)の(2)の各金三〇万円を加算した合計金一、五七一、二〇〇円から五記載の被告らから支払われた金三〇万円から葬式費用金二〇万円を控除した残額金一〇万円および自賠責保険金一九七万円の合計金二〇七万円の各三分の一に当る金六九万円を控除した残額金八八一、二〇〇円の内金八八万円およびこれに対する昭和四五年五月二日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の、原告国本一市は、被告ら各自に対し、前記四(二)(1)記載の金二〇〇万円および同(三)記載の金七万円の合計金二〇七万円およびこれに対する昭和四五年五月二日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの答弁および抗弁。

一、被告沢村宗孝関係。

(一)  請求原因一・二の(一)記載事実は認める。

(二)  請求原因三・四記載事実は争う。

二、被告会社関係。

(一)  請求原因一記載事実は認める。

(二)  請求原因二の(二)記載事実中、被告会社が被告車の保有者であり、被告沢村宗孝が被告会社の従業員であることはいずれも認めるが、本件事故は被告会社の就業時間外の事故であるから、被告会社は損害賠償責任はない。

(三)  請求原因三記載事実中、原告国本一市を除く原告らの身分関係および相続関係は認めるが、原告国本一市が亡トミヱと内縁関係にあった旨の主張事実は否認する。原告国本一市には国本きよみと称する法律上の妻が存し、仮りに亡トミヱが原告国本一市と情交関係があったとしても、その関係は所謂重婚的内縁関係というべきである。

(四)  請求原因四記載事実は否認する。

(五)  原告らは自賠責保険金一九七万円および被告会社から原告らの認める金三〇万円を含めて金六三八、六七〇円を受領した。

(六)  過失相殺。

仮に被告会社に何らかの損害賠償責任があるとしても、亡トキヱには左の如き過失があったのであるから、五割以上の過失相殺がされるべきである。

即ち、亡トミヱが歩行中の本件事故発生現場は、幅員の広い自動車の交通量の多い交差点近くの道路であり、歩行者の横断を禁止された場所で、近くに横断歩道が設置されていたのであるから、歩行者としては指定された横断歩道を通行すべき注意義務がある上、仮りに右に違反した本件事故現場附近を横断する場合には特に自動車の通行の有無を充分確認した上安全を確認した上歩行すべき注意義務があるのにかかわらず、亡トミヱは、通行車輛側が急停止ないしは避譲してくれることを軽信して、漫然横断禁止場所を歩行した過失によって本件事故を惹起したもので、亡トミヱの右行為には自傷行為とも称すべき重大な過失が存するものである。

第四、被告会社の抗弁に対する原告の認否。

亡トミヱには、本件事故発生について何等の過失も存しない。被告ら主張の弁済の抗弁中、原告らは金三三八、六七〇円の受領を否認する。

第五、証拠≪省略≫

理由

一、本件事故の発生。

原告ら主張の日時場所において、本件事故が発生し、そのため亡トミヱが頭蓋骨骨折等の傷害を被むり、同日死亡したことは当事者間に争いがない。

二、被告らの責任。

(一)  被告沢村関係。

本件事故が被告沢村の過失により発生したものであることは、原告らと被告沢村との間において争いがないところであるから、被告沢村は民法七〇九条の不法行為者として、原告らが右事故により被った損害を賠償すべき責任がある。

(二)  被告会社関係。

(1)  被告車が被告会社の保有であることは原告らと被告会社の間に争いがなく、なお被告会社がこれを日ごろ自己のために運行の用に供していたものであることは、被告会社の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなされる。しかして右事実によると、被告会社は自賠法三条の運行供用者として、原告らが右事故により被った損害を賠償すべき責任がある。

(2)  被告沢村が被告会社の従業員であることは原告らと被告会社との間において争いがなく、≪証拠省略≫によると、被告会社は被告沢村を被告車の運転手として雇傭し、運転の業務を執行させていたものであることが認められ、他に右認定に反する証拠がないので、仮に本件事故発生当時、被告会社代理人が主張する如く、被告沢村が被告会社の就業時間外に私用で被告車を運転中に本件事故を惹起したものとしても、右は外形上被告車を被告会社の運転手たる従業員が運転している事実のみが認められ、その限りにおいて被告会社の従業員が被告会社の業務として被告車を運転しているのと少しも異ならないのであるから、かかる場合に他人に加えた不法行為による損害は、被告沢村が被告会社の事業の執行につき加えた損害として、使用主である被告会社において、民法七一五条によりその賠償の責任があるものとするのが相当である。

三、原告らの身分関係および相続関係と原告国本一市の慰藉料請求の当否。

原告樋笠美智男が亡トミヱの姉亡樋笠キミヱの養子であり、原告三好重美が亡トミヱの兄であり、原告小竹ノブヱが亡トミヱの妹であって、右原告らが亡トミヱの死亡により、同人の遺産を各三分の一宛の割合で相続したことは、原告と被告会社との間で争いがないところ、被告沢村は右事実を、又被告ら両名は原告国本一市が亡トミヱの内縁の夫であったことをいずれも争うので、この点について考える。

(一)  ≪証拠省略≫によると、原告樋笠美智男・同三好重美・同小竹ノブヱと亡トミエとの身分関係および相続関係が前示認定のとおりであることが認められ、他に右認定を左右し得るに足りる証拠はない。

(二)  ≪証拠省略≫を総合すると、原告国本一市は大正一三年二月二九日にきよみと婚姻届出をし、同女との間に同年四月一八日出生の長女英子他一名の子女を儲け、昭和一八年頃まで兵庫県神戸市兵庫区馬場町において家庭生活を営んでいたが、その頃から妻きよみとの間に円満を欠くに至り次女が死亡したこともあって、右住居を出て事実上妻きよみと別居するに至ったが、原告国本一市の住民登録は昭和四四年一一月一三日まで、又右住居の同原告の表札は現在に至るまでその侭に放置したままの状態で、昭和二〇年頃から知り合った亡トミヱと同市湊町三丁目・同中町西通二丁目二七番地で同棲し、右同棲中に亡トミヱが本件事故に遭遇して死亡するに至ったこと、原告国本一市はその間亡トミヱと事実上は夫婦として生活し、近所の人々も正式の夫婦と考えて交際して来たこと、一方妻きよみは原告国本一市との間の長女英子およびその夫勇(原告国本一市およびきよみと昭和二六年に養子縁組。)ら家族と同居して右勇の経営する牛乳販売業により生計を樹て、原告国本一市とは殆んど交際はなかったが、終戦後妻きよみは数回原告国本一市および亡トミヱの住居を訪れ、亡トミヱに「原告国本一市と別れてくれ。」と怒鳴り込み、原告国本一市の離婚要請に対し承諾をしなかったこと、原告国本一市は、右勇の経営する牛乳販売店から、同原告経営の喫茶店へ牛乳を入れさせてこれを販売し、且つ亡トミヱの葬式に際しても右勇が右原告方へ手伝いに訪れており、亡トミヱ死亡後の現在は、右原告は従来同人が居住していた馬場町の家(妻子が居住していたのを追い出して)へ移り住み長女英子らの手伝いを受けて生活していること、原告国本一市は右事故当時も、自宅を馬場町とし、前記勇が取締役をする牛乳販売店を記載した自己名義の名刺を印刷してこれを所持していたことがそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、原告国本一市の慰藉料請求権の有無について判断するに、内縁関係においても、正規の夫婦関係に準じて保護すべき場合があることは当裁判所も必ずしも否定するものではないのであるが、重婚的内縁関係にあっては、重婚的でない内縁関係よりその保護すべき条件を一層厳格にしぼって考えるべきものであり、前示認定の原告国本一市の亡トミヱとの結びつきの端緒・その後の妻きよみの抱いている感情・生活の実態等その他諸般の事情を考慮すると、原告国本一市と亡トミヱとの共同生活は未だ夫婦に準じて保護されるべき状態とは解されないから同原告の本訴請求はその理由がないと言わなければならない。

四、原告樋笠美智男・同三好重美・同小竹ノブヱの被った損害。

(一)  得べかりし利益の喪失による損害。

≪証拠省略≫を総合すると、原告国本一市は自己名義で喫茶店「だるま」を経営し、亡トミヱが店の接客関係を、原告国本一市が仕入れと指導を担当して毎月平均金五万円の純利益を挙げていたところ、亡トミヱの死亡により事実上右経営を継続することができなくなったこと、亡トミヱは大正四年一一月二五日生れの健康な女性であったことが認められ、前記各証拠中右認定に反する部分は、前示各証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、原告国本一市経営の喫茶店「だるま」経営から得る金五万円の一ヶ月純利益に対する亡トミヱの寄与率六割に相当する一ヶ月平均金三万円から、同人の原告ら主張の一ヶ月平均金一五、〇〇〇円の生活費を差引いた月額金一五、〇〇〇円が亡トミヱの得べかりし利益と解するのが相当であるところ、亡トミヱは死亡当時五三歳の健康な女性であるから、若し右事故へ遭遇しなければ右事故当日から一〇年間に亘って右労働に従事し、その間毎月右同額の金一五、〇〇〇円の純利益を得べきはずであるから、これをホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利率を年毎に控除して、右昭和四四年一〇月三一日現在における一時払額に換算すると、

15,000円×12×7,945=1,430,100円

金一、四三〇、一〇〇円となる。

(二)  過失相殺。

≪証拠省略≫によると、本件事故発生現場は交通整理の行なわれていない交通量の多い見通しのよい交差点であって、被味沢村には前方注視違反・酒気および運転禁止違反の過失が、歩行者である亡トミヱには安全確認義務違反が存したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠がない。そうすると、右事故についての被告沢村の過失九割に対し、亡トミヱの過失一割と解するのが相当である。

(三)  右原告らの相続額。

亡トミヱの損害賠償請求債権について、原告樋笠美智男・同三好重美・同小竹ノブヱが各三分の一宛を相続により承継したことは前示(三判示。)認定のとおりであるから、右原告三名は、

1,430,100円×0.9×1/3=429,030円

各金四二九、〇三〇円宛の損害賠償債権を取得したものと言うべきである。

(四)  慰藉料。

原告樋笠美智男が亡トミヱの亡姉の養子であり、原告三好重美が亡トミヱの兄であり、原告小竹ノブヱが亡トミヱの妹であることは前示(三判示。)認定のとおりであるところ、右原告らが亡トミヱの死亡により民法七一一条規定の被害者である父母・配偶者・子に準じて慰藉料を請求するに相当する特段の苦痛を被むる事情にあったことを認定するに足りる証拠がないので、右原告らが自己個有の慰藉料を被告らに対し請求する部分はその理由がない。

五、原告らがその後、自賠責保険金一九七万円を受領したことは当事者間(被告沢村関係では弁論の全趣旨により認める。)に争いがない。

六、以上の次第であって、原告樋笠美智男・同三好重美・同小竹ノブヱの各損害は既に自賠責保険金により全額が填補され、原告国本一市の本訴請求は主張自体その理由がないので、原告らの本訴請求は弁護士費用等その余の請求の本否を判断するまでもなくいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木清子)

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